あおのソラ

あおの気持ちをつづります

不器用だからこそ楽に生きたい。

私は、いろんな気持ちを敏感に感じやすい。だから多分人が思うより傷ついていたり、悩んでいたりする。誰かにそんな気持ちを感じ取られるのは、らしくないと言われるから苦手だったりする。

仕事における人間関係も、何か引っかかるものがあれば先に進めない。その違和感という引っ掛かりがなんなのか?解消できないと苦しくて立ちどまってしまう。

 

この前、職員さんから『葵さんって裏表がないよね。』と言われた。なぜか色んなところでそういった言葉をかけられる。裏表のある人が多いということなのか・・・。

きっとでも、裏表を持たないと人と付き合うのは難しいって意味なのかもしれない。

 

その職員さんは、ここで人間関係に悩んだ時期があったという。気づいていた。

そういう時はどうするの?と尋ねてみた。

「すごく気にするんです。でも様子をみますね。自分にだけあの人はこうなのかな?他の人にも同じことを言っているのかな?上司がいる前では、何も言わず動くんだな。とか、そんないろんな振る舞いを見た結果、この人はこういう人なんだと距離をおいて割り切るようにしている。」と答えていた。

 

不審に思う相手と割り切った付き合いが出来るということが、私は不得意だから、

〇〇さんの姿勢は、私にとって必要なスキルだと伝えた。

 

私はこの前、ある職員さんに初めて言い放った言葉がある。

「そういう言葉を軽はずみに使う人は好きじゃない!」

嘲笑うといった表現がぴったりと合うほどに不快な気持ちにさせられたからだった。

 

言葉と行動が伴って、初めて人は信用を得ると思っているから。だからこそ、その人の表情や言葉に拒絶反応を示してしまった。

 

「裏表がない」とか「信用度が高い」とか「人を見抜ける」って介護職員さんは褒めてくれるけど、私はただ、本当はもう少し楽に生きたい。

 

私の仕事は、マネジメントだから、人の本音と建て前は見ている。

そうでなければ、なかなか利用者の本心は見抜けない。

辻褄があっているかどうかを、確認しているだけかもしれないけど・・・

 

「あおいさん悩んでいたんだね・・・」と職員さん一言くれた。どこでそう思ったのかはわからないけれど、気づいてもらえることって、救われる。

 

正直私は人を信じていません。でも信じたいから信じる。

それは私の感情であるからこそ、その人を信じたいと思えることで、

傷ついたとしても、傷つき切ることで相手を見抜くこともあると思う。

 

こうして書きたくなったということは、私がちょっと吐き出したかったのかな・・

色んな気持ちを抱えながら、人は生きている。みんなと一緒に成長できたら良いな。