あおのソラ

あおの気持ちをつづります

組織に求められるものは育成なんだろな

介護職員さんは、センサーマットを置くことで安心があると言った。

記憶障害があって転倒リスクが高い利用者さんに、センサーマットを設置する。というのは介護施設ではよくあることだよね。

マットセンサーや荷重センサー赤外線センサーなど色々あるけど施設では、コールに連動するタイプのものを使っていた。中でもマットセンサーの使用頻度が1番高かった。
 
センサーマットは、転倒を必ず防げるものではない。そしてまた、センサー感知するたびに職員の不要な訪室が増えてしまう。本人にとって、監視されているような環境だと感じてしまう可能性がある。ご家族にはしっかりと説明をし、理解をしていただいたうえでの導入としていた。
 
でも実際は、センサーマットがあることで職員の不適切な言動は増えていた。
 
センサー音が鳴りやまないこともあれば、本人がセンサーを跨いで移動するといった危険な動きも出ていた。職員は、その都度訪室をして利用者さんの対応に追われてしまう。きつく利用者さんを怒る職員も増えていた。
 
ベッド脇に置かれたマットに不快を露わにする方や 、音自体を嫌がる方もいる。
音がなると何故か職員か来てくれる。申し訳ない。マットを踏んだら職員に迷惑をかけてしまう。と言われる方もいた。
 
センサーマットを設置することで、本人も職員もストレスを抱えているなら無いほうがいい。と私は言った。 転んでも怪我が少ない対策というのを考えたほうがいい。 センサーの電源を入れ忘れる職員もいる、センサーが鳴っているのに訪室が出来ない場面もある。自ら、センサーマットを畳んで片付けてしまう利用者さんもいる。 センサーマットを設置した意味を問われることになり、それこそ責任がある。と伝えた。
 
でも、介護職員さんは、 センサーマットを置いてあることに意味がある。と捉えていた。転倒を予防するための対策をしている。ということを言いたかったのだと思う。
センサーマットを使用することで自分達は守られている感じがある。だからやっぱり、あったほうがいい。とはっきり私に伝えてきた。
 
音が鳴っても実際は、すぐには駆けつけられないから、焦って対応が雑になり、イライラもするでしょ?それでも、あった方がよいの?と再度確認をした。
 
ほかの方の支援に入っていても、センサー音が鳴っていればその方が動いてることに気づくことができる。そこで転倒していたとしても、センサー音が鳴っている時間に転んだということがわかる。
そしてたとえ訪室が遅れたとしても、音が鳴っていたから、駆け付けることができたと考えると、助けるタイミングも早くなる。と言われた。
 
なるほど・・・うん確かに… 。
 
センサーマットは、動きを制限するものではなくて、動き出しのタイミングを知るものであるとしたら、そろそろ予測が出来ていてもいいのではないか?音が鳴らなかったら気づけない、というのも少し違うのではないか…私にはそんな気持ちがあった。自分たちがアセスメントを行った結果、 センサーマットを外す期間を設けて、予測で動いてみるという対応があってもいいのではない?と話してみた。
 
転倒の危険があるということがわかっているからこそ、センサーマットを設置した。センサー音が鳴るたびに本人の思いや行動の意味が分かるようになった。そして本人が動きたいタイミングで支援につけるようになった。だから予測ができるようになり、訪室が出来て、転倒を防げている。という対応の方が、自分たちを守ってくれるのではないか。きっと多分、本人が嫌がっているセンサーマットを外すために、どう向き合ってくれたかの姿勢のほうが、絶対的な信用につながる。と私が思っていた。
 
センサーマットを設置することによるストレスが、認知症の進行に影響することを考えると、私はセンサーマットは一時的なものとして活用してもらいたいと思っていた。ただ、やっぱり何かの代替案を提案しても、なかなか先に進まない。
 
『絶対に転ばせてはだめ』という介護職員の不安は大きかった。誰も試したがらなかった・・・。
 
私は、現場職員の休憩を回すために毎日決まった時間に、現場業務に組み込まれていた。午後15時からは、センサーマットを使用している方の階を、一人で任されるという時間帯があった。それがかえって、アセスメントしやすかった。
15時以降の利用者さんの様子は、私が待機をしているからこそ、わかるよ。って言えていた。センサー音が鳴る時間と、どの利用者さんが起きだしているのか?そしてこの人はそろそろトイレに行くタイミングだとか、あの人は夕方カーテンを閉めるのに動き出すこと、そして見ているテレビ番組や、電話をかける時間なども、把握していた。
 
センサーマットを外して様子をみる。といった対応は、話し合いを重ねた結果、私が待機している時間帯で試してみることができた。あれから日中は、外すという対応をとれるようになった。
 
センサーを導入するのは早いのに、センサーを外すといった選択には、時間がかかるということを知った。
 
基準がないからこそ、評価もし辛い。外すためのチェックリストがあったら良かったよね。医療の面でも助言をいただいたり、提案をうけるようになって、少しずつみんなと一緒に、考えられるようになったと思う。
 
センサーが有効なこともある。怪我を未然に防ぐことが出来たり、マットを避けて移動する利用者さんの工夫もしれる。想像以上の身体能力が見えたりもする。ただセンサーを使う利用者さんばかりの環境は、職員の首を絞めることにもなる。そして1番は、センサー設置を嫌がる利用者さんもいるということ。
 
安全が優先だからと正当化される対応は、その方の気持ちを置き去りにすることがある。
だからこそ、考え続ける必要がある。
 
 
それにしても、介護職員さんが言った「センサーマットを使用することで自分達は守られている感じがある」の言葉がずっと腑に落ちないでいる。
 
守られるていると感じるものがセンサーマットの設置‥って。分かるような分からないような何とも言えない気持ちだった。
あの頃の職員は、今思えば焦燥状態に近かったかもしれない。夜勤職員は1人だったりもする。イレギュラーな出来事も起きる。
 
守られていると思える存在が必要なのかもしれない。自分たちの仕事に責任をもつという意味でも人材をちゃんと育てるという事がいかに大事なのかを考えさせられる。教育や育成に力をいれてこそ、互いにフォローしあえる関係性が作れるんだと思う。それがないと成長は難しい。
だから、どこのどんな組織も、頑張ってほしいって思います。